おけいさんのテレビ


「おけいさんのテレビ」の前のお話です。
タイトル「おけいのテレビ」。




?:←→→↑↓…
  わっ、やった!新記録だ!

彼女は一人しか居ないその部屋で
パソコンの画面を見ながら喜んだ。

?:【あれ?うーたん新記録じゃない?】

パソコン画面に映し出される一言。

うーたん:【うんw】
     【でもおけい、良くわかったね】
おけい:【そりゃ大体一緒に居るからなw】

彼女はそんな些細な事に気づいてくれる彼と話す事が好きだった。
彼は純粋に喜んでくれる彼女と話す事が好きだった。
出会いはとあるオンラインゲーム、社会人として働く二人は
自ずと同じ時間帯に接続する事が多く、認識する事すら難しいその他一人の中から
お互いが意識しあう仲になるまで、そんなに時間はかからなかった。

うーたん:【そういえば、おけいってパソコン詳しい?】
おけい:【まぁそれなりには】
    【何で?】
うーたん:【最近パソコンの調子が悪くて、周りに詳しい人が居ないからどうしようかって思ってたの】
おけい:【なるほど】
    【どんな感じで悪いのかだけ教えてくれない?】
うーたん:【んとね】

日々の雑談や仕事の悩みなど、いろいろな事を沢山の話した。
時には笑い、時には共感し、その1つ1つの出来事が想い出として残る。
オンライン上だけでの繋がりは、確実に銅線や光ファイバー以外の何かで二人を繋いでいた。

うーたん:【てな感じなのよ】
おけい:【なるほど】
    【っていうかそれ直すよりも買った方がいいよスペック的に】
うーたん:【えぇ、そんな事言われても私解らないのよね】
     【このパソコンも友達と一緒に買いに行ってもらったし】
おけい:【その友達は?】
うーたん:【今はもう引っ越して近くに居ないのよ】
おけい:【まじか、うーたんどこに住んでるんだっけ?】
うーたん:【私は○○だね】
おけい:【うーむ、俺一緒に行ってやろうか?】
うーたん:【へっ?】
おけい:【え?】
正直彼は特に何も考えていなかった。
困っている人を助けたいというその一心で放った言葉に
彼自身が一番驚いていた。

うーたん:【で、でも迷惑じゃない?】
おけい:【え?い、いや別に迷惑じゃないけどうーたんが良ければ俺は良いよ】

不思議と彼女の中に嫌悪感や疑念は生まれなかった。
それこそ彼の人柄が成す結果なのだろう。
二人はその週の週末に会う約束をし、その日は落ちる。

うーたん:…

彼女はPCの電源を落としてから、少しボーっとしていた。

おけい:…
    ああああああああああああ!

彼は枕に顔を押し付けて叫んだ。
今はまだ月曜日、こうしてお互い眠れない1週間に突入する。
1日が経ち、3日が経ち、約束の日が近づけば近づくほど胸の高鳴りがましてゆく。
二人とも平然を装っていたが、いつもぎりぎりのラインを歩く感じだった。
何度ボーっとしただろうか。何度枕に叫んだだろうか?
そんな日々の積み重ねは、頭で整理する事が困難になるほど早く時間を経過させた。

うーたん:【やっほ】
おけい:【うぃー】

約束の日の前日、二人はいつものようにゲーム画面上で挨拶を交わす。

うーたん:【私思ったんだけどさ】
おけい:【うん】
うーたん:【この1週間すっごい早かった気がする】
おけい:【俺もそうなんだよ。なんかのどが痛いし】
うーたん:【だよね】
    【って、風邪?明日大丈夫なの?】
    【体調悪かったら無理しなくていいよ?】
おけい:【いや、100パー風邪じゃないから大丈夫】
    【明日は足を骨折してでもいくわ】
うーたん:【ちょ、なんでそんなに気合入ってるのw】
おけい:【なんとなく言ってみただけw】
うーたん:【wwwwww】
     【明日はよろしくねw】
おけい:【ませなさい】

その後ゲームを何回かプレイし、約束前日の夜は更けていった。
余談だが、今までの人生であまり女性を会話する機会がなかった彼は
この1週間ずっと唇がカサカサしていた。

ジリリリリリリリリリリ

彼女は目覚まし時計を止めてゆっくりと起き上がる。
待ち合わせ3時間前にセットした時計を再度確認し
外に出る支度をし始めた。

ジッ

いつもなら寝ぼけて止めてしまう目覚まし時計も、その日はの彼にぬるい。
最初の1音で目覚まし時計の役目を終える事になった。
それは彼が目覚まし時計よりも早く起きていた事を示す。
というよりはほとんど眠っていなかった。
顔に少し疲れが見られるが、全然全く眠くなかった。
彼はテキパキと外に出る支度をするが、前日に全て終わらせていたため
それも5分で終わった。

おけい:よし!

何を確信したのか、彼はそのまま待ち合わせの場所に向かった。
おきてから10分後の出来事だった。

うーたん:そろそろ出るかなぁ

彼女がそう言ったのは待ち合わせ時間から1時間前の事。
集合場所まで約30分、少し早くつくが初対面なので自分から話しかけるよりも
先に着いて、話しかけられた方がなんとなく気が楽だと思った。
電車のトラブルもなく、予定通り待ち合わせ30分前に集合場所に着く彼女。
周りには休日という事もあり、待ち合わせをしている人が結構居た。

うーたん:おけい、ちゃんと私の事解るかな?

そんな心配はあったが、携帯で連絡すれば良いという結論に至り
時間が来るまでの間、昨日オフラインになってから寝るまでの間交わした彼とのメールを読み返す。

おけい:【正直まじ緊張する!】
おけい:【今日眠れなそう!】
おけい:【なんかやばい!】

彼の緊張は手に取るように解ったが、今の彼女にとってそれは少し笑える緩和剤になった。
昨日のメールを読み終え、さらに過去のメールを読み始めると1通のメールを受信した。
送信主はもちろん彼。

おけい:【もうついてる?】
うーたん:【うん、もういるよー】

メールに夢中で時間を忘れていた彼女。
時間を確認すると待ち合わせ時間の5分前だった。
もうすぐ彼が声をかけてくる。
そう思うと彼女の緊張が再び押し寄せてきた。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ
携帯の振動がメールの受信を告げる。

おけい:【え?まじ?俺も着いてんだけどどこにいんの?】
うーたん:【へ?○○像の前だけど、おけいはどこ?】
おけい:【いや、俺も○○像の前なんだが】

彼女は周りを確認した。
すると同じく携帯を持ちながら周りをキョロキョロする男が居た。

うーたん:え?おけい?
おけい:うん、え?うーたん?
うーたん:うんうん

彼女の思惑ははずれ、思わず自分から声をかけてしまった。

うーたん:ていうか私30分前に来たけどその時から居なかった?
おけい:う、うん居たね。
うーたん:早いよ!何時に来たの?
おけい:気づいた時にはここに居たね。
    多分2時間前くらい。あ、いや!今来たとこ!
うーたん:ぷっ、あはは。何それわけわかんないよ
おけい:またしてごめんとか思う人居るからそういうのなんか嫌でさ
うーたん:あぁなーるほど。でも私が遅刻したなら適用されるけど
    さすがに2時間前に来るのはないよー
    しかもずっと隣に居たのに気づかなかったとか
おけい:うん、笑えるよね
    正直メール送る時まですげー手が震えてたけど
    なんかあほらしくて全部飛んじゃったよ
うーたん:私もー。
    でもいつも通りって感じがしてこれはこれで良いかも。
おけい:そうだね

初対面で起こった予想外の出来事は、二人から緊張という言葉を忘れさせる。

おけい:今日もくそ暑いね
うーたん:まぁもう夏が近いしねぇ
    とりあえずこれから
おけい:飯だろ。
うーたん:いきなりですかい!
おけい:だって今昼じゃん!
うーたん:ま、いっか。
    なんかそういうのおけいのキャラに合ってて許せるわ
おけい:まぁぽっちゃり系って言う言葉が出来て非常に助かってるのは事実だね。
うーたん:あはは、この辺り全然詳しくないんだけどお勧めとかある?
おけい:もちろん。
    いろいろあるけど食べたい物とかある?
    どんなリクエストにでもお答えしますよ。
うーたん:うーん、特に無いかな?
    あ、でも重いものより和食みたいに軽いものがいいなぁ。
おけい:ごめん…和食知らないんだ…
うーたん:だめじゃん!
    どんなリクエストに答えるっていうよりも
    とりあえず基本すらだめじゃん!
おけい:いや他なら絶対大丈夫。
うーたん:そうだなぁ

それから結局、和洋中が全滅し
店の前に飾ってある食玩を元に店を探すことにした。
そして最終的に入った店は、重いのか軽いのか
そもそもうまいのかまずいのかすら良く解らなそうな店だった。
なぜその店なのか、それは「何となくノリ」である事に間違いなかった。

おけい:ついでに調子こいて何でも答えるとかノリで嘘こいてごめんなさい
うーたん:うぅん、世の中にこんな料理もあるんだって解ったから大丈夫

席に着くと二人は、その店のお勧め料理とサイドメニューを2種類ほど注文する。
注文が終わり料理が来るまでの間、二人は話に華を咲かせる。
話の内容はもっぱらゲームの話だったが、趣味や好きな食べ物などのありきたりな会話もした。
そうして15分ほど経過した時、テーブルに料理が運ばれてくる。

おけい:おー、うまそ…う?
うーたん:うん、たぶんおいしい…よ?

メニューに載っていた写真からも少し感じてはいたが
実際目の前に運ばれて来ると、その全ての中途半端さが浮き彫りになる。

おけい:とりあえず食べよう。
    食べないと始まらないし。
うーたん:そうだね、珍しい料理だし冷めないうちに食べちゃお。

そういうと二人は食べ始めた。
うまくも無くまずくも無く、辛くも無く甘くも無い。
だからといって無味無臭でもないその中途半端を極めた料理たちに苦笑するしかなかった。
しかし最初は苦笑していた二人だが、その妙な味にだんだん笑いがこみ上げてきた。

うーたん:あはは、このスープもすっごい微妙!
    なんかおいしくもまずくもないけど笑えてくるよ
おけい:うん
    全てが微妙で笑えてくるわ

しかし食べてるうちに妙にはまってしまうその味に
以外にも早く二人のテーブルから料理が消えた。

おけい:うっぷ
    もう腹いっぱいだ。
うーたん:私も。
おけい:もう少しまったりしたら外でようか
うーたん:そうだね、今はちょっと動けないや

二人が交わす1つ1つの会話が
お互いの笑顔になり、そして1つの世界を創っていた。

おけい:とりあえず目的のパソコンをいろいろ見て回ろうか
うーたん:うんうん、よろしくおねがいします先生
おけい:任せなさい

昼食のそれとは違い、彼の的確なアドバイスと店選び
店員への交渉はスムーズに実行された。
そして彼女が望むパソコンが見つかりそのまま購入する事になった。

うーたん:本当にありがとうー
おけい:こんなの昼飯前っすよ
うーたん:さっすが
おけい:用事済んじゃったけどこれからどうする?
うーたん:うーん、私は特に後の予定は無いけど
おけい:俺も無いからこのままどっかぶらぶらしない?
うーたん:おー、何か候補とかある?
おけい:もちろんノープラン
うーたん:だめじゃん!

申し訳なさそうに彼は笑いながら言い歩き始める。
そんな彼のペースが好きで彼女は彼の横について歩く。
傍から見れば立派なカップルに見えるに違いない。
しかしその時の二人は、その状況を楽しむ以外の感情は
まだほんの少ししか無かった。

おけい:ま、ノープランとかいいつつ考えてるのが私です。
うーたん:えー、本当?
おけい:お勧めスポットっていう奴っすね。
    ちょっと距離あるけど今の時間から行けば
    丁度いい感じだと思う。
うーたん:へぇー、この付近あまり知らないから行って見たい!
おけい:よしきた

そういうと二人はタクシーに乗り込み30分程度車を走らせた。

おけい:到着
うーたん:30分走るだけで、以外に田舎っぽい風景に変わるものなんだね。
おけい:穴場っすから
    しかも俺の予想通り、たぶんこの階段登ったら驚くよ
うーたん:ちょっと!わくわくするじゃない!
おけい:まぁまぁもう直ぐだからあわてないあわてない。
    よーしこの上まで競争だー
うーたん:あはははは、まってよー
おけい:何この青春真っ只中みたいなノリ
うーたん:それも悪くないかなって思ってのってみた
おけい:そのノリ最高です。

二人は全力で走らないまでも、小走り気味に階段を上がった。
階段を上り終えるとそこには少し開けた空間が開けていた。
策に囲まれたその場所には、穴場というだけあって
人はまばらにしか居ない。

おけい:策の方まで行って見ようか
うーたん:おっけー

近づくにつれて徐々に見え始める景色。
二人は同じ時間を共有し同じ景色を見ている。
あんなに自己主張していた夕日も、今は夜に主役を譲り
空に映し出される闇と光の絶妙なコントラストが初夏の夜を彩る。

うーたん:うわぁ、凄い!
おけい:でしょ?
うーたん:うんうん、私こんな景色見たの初めて!
おけい:いつもは一人むなしく来るんだけど
    話す人が居るとまた違った感じがするわ

そこから見える空には星が輝き始めていた。
そこから見える街には明かりが灯り始めていた。
上を見ても下を見ても光の粒しか目に入らない。
そこに広がるのは正に満天の星空だった。

おけい:もう少し日が完全に落ちるとまた違った風景になるよ
うーたん:まさかいつもゲームばかりしてるイメージしかなかったから
    こんなところにつれてこられるなんて思ってなかった。
    ちょっと不覚。
おけい:何それちょっと酷い
うーたん:あはは、でもありがとう。
    本当に素敵な場所だね
おけい:喜んでいただけて光栄です。
    あ、何かここで願い事すると神様に願いが通じて
    願いがかなうっていう噂をどっかで聞いた事あるよ。
うーたん:じゃぁその噂に私も乗っちゃおう
おけい:それじゃ俺もー

二人はその場で手を合わせ、そっと目を閉じ願った。

おけい:何をお願いしたの?
うーたん:そんなの言えるわけ無いじゃん
おけい:ですよねー!
うーたん:おけいは?
おけい:そんなの言えるはず無いじゃん。
うーたん:ですよねー!
おけい:願い事って人に言わないから願い事なんじゃね?
うーたん:良く解らないけどなんか納得できるかも
おけい:何したいー、これしたいーって口で言ってる事は
    自分でも叶えられるかもしれないけど
    本当に願う事って自分一人じゃ叶わない事の方が多いじゃん
うーたん:うんそうだね

そんな話をしているうちに夕日は完全に沈み
完全なる闇と光だけの世界が創造された。

うーたん:いやー、2回もびっくりするなんて思わなかった。
おけい:でしょ?でも本当にいい時に来たよ。
    なかなかタイミング計って来れるところじゃないからさ
うーたん:私たちついてるね!
おけい:うん
    あのさ
うーたん:うん?
おけい:またこんな風に遊ばない?
うーたん:私もそう思ってた。
    今日一日凄い楽しかったよ
おけい:うん、俺も。

彼が今日一番勇気を振り絞って発した言葉がその一言だった。
純粋に一緒に居て楽しいと思える存在。
もっと同じ物を見ていたいと思える存在。
出合ったばかりの二人が感じる事の無かった感情。
それがこれまでの行動の中で、お互いの気持ちに変化を与えた。
その後、その風景が一望できる近くのレストランで夕食を済ませると
二人は笑顔で別れた。

おけい:【今日はお疲れ】
うーたん:【付き合ってくれてありがとね】
おけい:【ぉぅぃぇ】

オンラインに戻っても二人しか知らない想い出が
今まで以上にお互いの気持ちを近づけた。
それは傍から見れば些細な変化かもしれない。
しかし、二人にとっては大きな一歩だった。
それからしばらくして、注文したパソコンが彼女の元へ届く。

うーたん:【ハロー】
おけい:【おつかれ、今日は早いね】
うーたん:【うん、仕事が速く終わったものでw】
おけい:【なるほど】
うーたん:【そう言えばこの前注文したパソコン、帰ったら届いてたよ!】
おけい:【おー、これで快適パソコン生活じゃん!】
うーたん:【でも初期設定とかよく解らないから苦労しそうw】
おけい:【あぁ、俺が選んだしアフターサポートとしてやろうか?】
うーたん:【え?ほんと?そうしてもらえると凄い助かるんだけど】
おけい:【仰せのままに】
うーたん:【うむ、じゃぁ君に任せよう】
おけい:【www】
うーたん:【w】

出会いは2回目が大切。
1回会っても、2回目以降約束を取り付けるのは以外に難しい。
しかしそのチャンスは予想以上に早く巡って来た。

おけい:【じゃ】
うーたん:【例のごとく週末に】
おけい:【おっけおっけ】

一度会っている二人の中には、以前感じていたような緊張ではなく
また会えるうれしさと、ほんの少しのどきどきで満たされていた。
何故、先に楽しみが待っていると時間がこうも早く過ぎるのだろうか?
1日が1秒にも感じ取れる速さで過ぎていき、約束の日になった。
おけい:おっす、数週間ぶり
うーたん:やぁやぁ、遥々ごめんね
おけい:アフターサポートまで完璧にこなしてこそ俺です。
うーたん:ぷ、相変わらずよく解らないな
おけい:それも俺って事で
うーたん:うんうん、じゃぁうちに案内するよ
おけい:よろす

彼女は彼を自宅へ案内した。
うーたん:もうちょっとでつくよ
おけい:う、うん

彼女は自宅へ招き入れる事についてあまり深く考えていなかったが
彼にとっては一大事である。
今にも失禁してしまいそうな緊張感は
家に近づくにつれて強まり、鼓動が早くなりすぎて死んでしまいそうだった。

うーたん:到着ー

彼女が家のドアを空ける。

うーたん:どうしたの?
    そんなところに突っ立ってないで入りなよ

おけい:お、お邪魔します
極限状態の彼はギクシャクしながら家の中に入った。
目の前に広がるその光景は、箇所箇所に女性らしさが感じられ
免疫力のあまり無い彼にとって、目から入ってくる情報のどれもが
致死量に匹敵するものだった。

うーたん:じゃーん、これが届いたパソコンでーす
おけい:まだ箱から出してもいないのかよ!

緊張をほぐそうとしたわけではない。
しかし、届いて1週間ほど経っているにもかかわらず
箱に入ったままのパソコンは、彼にとって心の緩和剤になった。

おけい:んじゃ早速はじめるかねー
    まずカッター
うーたん:はい

右手を上に向け、彼女の方に手を差し伸べると
彼女はその手にカッターを渡す。
もうこんな風景も普通の事になった。
カッターで箱のテープを切り、中のパソコンを取り出す。
電源を入れて、彼女が使いやすいように彼は一所懸命カスタマイズした。

おけい:んで、これはこうやって使って
    こうするとこうなるから使いやすくなるよ
うーたん:へぇー、知らなかった!
    世の中には便利なものがあるんだねぇ
おけい:自分が使いやすいようにすればいろいろ便利だし
    時間も短縮できるからね
うーたん:おけいが居なかったらこんな事も知らないままだったよ
おけい:そう言ってもらえると来たかいがあるね。

それからもう少しアプリケーションの使い方などを説明した後
彼はふとテレビラックに目を向けた。

おけい:あ!これ、俺見たかったんだよね
うーたん:本当?この映画私も好きなんだぁ
    まだ時間あるし見てく?
おけい:いいの?まじうれしいんだけど!
うーたん:いいよいいよ、いつもお世話になってるしこれくらい全然。
おけい:やったー!

子供のように目を輝かせて無邪気に喜ぶその姿は
普段あまり見せる事の無い姿だけに、彼女は心の中でうれしくなった。
DVDをプレーヤーに入れ、ベッドに背をもたれながら
20インチの小さなテレビを二人で眺める。
その映画は1本3時間でシリーズ化している
今、もっとも流行っている映画のうちの一つだった。
合間合間に休憩を入れながら、二人は映画に没頭する。

おけい:うっ…うぅ
うーたん:うぇぇん
    やっぱり何回見ても泣けるよー
おけい:こんなに…うっ…感動するとは思わなかった…うっ

映画のエンドロールが流れる頃には
二人の目から涙が流れていた。

うーたん:あの離れ離れになっちゃうシーンとかうっ…
    凄くよかったぁ
おけい:うっ…もうあそこで涙腺壊れたうっ…

二人は映画が終わって30分くらいそんな話をしていた。

おけい:さてと

グゥー
なんというタイミングだろうか。
彼のお腹が空腹を継げる。

うーたん:飯食うか?
おけい:いや、そういうつもりじゃなかったんだけど

恥ずかしそうに俯きながら彼は言った。

うーたん:ご飯食べてく?
    たいしたものじゃなければ作るし
おけい:手料理っすか!
うーたん:うん、嫌だったら外でるけど
おけい:いやいや、久しく食ってないからよろしくお願いしたい。
うーたん:お願いされましょう

そういうとキッチンへ向かい、ある材料でテキパキと料理を仕上げる。
彼女の器用さが本領を発揮する部分であるだけに
あっという間に小さなテーブルに二人分の料理が飾られた。

おけい:簡単にってれヴぇるじゃないね
うーたん:そう?
おけい:あり物だけで作れないよこれは
うーたん:あらうれしい

普段普通にこなしている事をほめられ、彼女はうれしくなった。
逆に彼は短時間で仕上げられたその料理に感動した。

おけい:いただきます!
うーたん:いただきまーす

味も量も申し分なかった。
久しぶりに食べた手料理に、彼の涙腺は再び崩壊しようとしていたが
そこは心のリミットで押さえ込む。

おけい:ふぅー
    まじ最高でした!
    ごちそうさま
うーたん:いえいえ、こんなのでよければいつでも!

楽しい時間は一瞬にして過ぎ、食後のまったり時間も終わった。

おけい:じゃぁそろそろ帰るよ
うーたん:うん、なんか寂しいね
おけい:う、うん
    でも今生の別れってわけじゃないし
    いつでも会えるから大丈夫だよ。
うーたん:そうだね、また遊ぼうね
おけい:うん

靴を履いて外に出る準備をする彼の背中を見ながら
彼女は少し寂しそうに言った。

おけい:じゃぁまたね
うーたん:うん、またね

彼がドアを握り、玄関を開けた。
そしてそのまま固まる彼を見て彼女は言った。

うーたん:どうしたの?
おけい:ん?うん。
    あのさ、一つ聞いていい?
うーたん:うん?
おけい:うーたんて彼氏とか居る?
うーたん:え?い、居るわけ無いじゃない
    私そんなにもてないし!
おけい:そ、そっか
    でも結構もてるとおもうけどな
    綺麗だし面白いし
うーたん:え?それって…
おけい:あ、いやなんでもない!
    おつかれー!

そういい残して彼は走ってその場から去った。
彼女は遠くなる彼の背中を静かに見送った。
高鳴る鼓動を感じながら。
その思わせぶりな行動は、若干二人にギクシャクした時間をもたらす結果になったが
それも直ぐに元の二人に戻った。
男としては最大の告白フラグを破壊したわけだが
彼自身もそれは解っていた。

おけい:ああああああああああああああああああ
    消えてしまいたい…

そして彼が枕に顔をつけて叫ぶ日々が続くのであった。
日に日に惹かれあっていく中で、お互いにこの気持ちが恋だという事に気づくには
そう時間はかからなかった。
そして彼女は感じていた。

うーたん:あの状況であの台詞…
    これは時間の問題ね…

どきどきと共にわくわくしていた。
しかし彼女の予想は大きく外れる。
彼は超がつくほど奥手であった。
なんとそれから1年もの間、二人で遊んだり
お互いの家を行き来していたのにもかかわらず
彼からのアプローチはあれ以来全く無かったのだ。

おけい:それじゃーまたねー
うーたん:またー

家に帰り彼女は考える。

うーたん:もしかして本当に友達の枠にはまってるんじゃ…
    うわぁ、期待していただけにきっついなぁ…

そういいながらテレビをつけた。
うーたん:あれ?
    ん?

電源を押しても、テレビは映像を映す気配が無い。

うーたん:おっかしいなぁ…

彼女はあらゆる部分を探ってみたが、
健闘むなしく時間と労力だけが費やされる結果になった。

うーたん:これは…

彼女はチャンスを感じた。
知り合ってから既にかなりの時間が経った。
いくら奥手でも彼の気持ちをそろそろ明確にしておきたい。
彼女はこのテレビの故障を理由に彼を誘い出し
彼の気持ちを聞こうと思った。

うーたん:【ねぇねぇ】
おけい:【ん?】
うーたん:【テレビが壊れちゃったみたいだから、一緒に選んで欲しいんだけどいい?】
おけい:【うん、全然いいよ】

彼女は彼の気持ちを確かめるシチュエーションを何度も頭で考えながら
決戦の日を待った。

おけい:んー

彼は考えていた。
自分でフラグを折ってから約1年。
何も行動に移せていないこの現実について。
もしかしたらもう既に彼女には彼氏が居るのではないか?
良い友達の枠にはまっているのではないか?
彼の頭には常にそんな事が浮かんでいる。
しかし自分のためにも彼女のためにもそろそろはっきりしたかった。
そして彼も結論に至る。

おけい:うっし!今回白黒はっきりつける。
    …あああああああああああ

彼の枕に顔を押し付けて叫ぶ日々は解消されるのだろうか。
そんなお互いの決意の元、約束当日を迎える。

うーたん:でっかいのが欲しい!
おけい:任せなさい。
    50インチでも60インチでもここには何でもあるからな。
二人が来たのは有名な電気街だった。

うーたん:さすがに50インチなんて部屋に入らないよ
おけい:まぁ手ごろな大きさでいい物を選びましょ
うーたん:さんせーい

パソコン選びと同じで、彼は彼女の要望を全て叶える
最適の40型の液晶テレビを選んだ。

おけい:これマジで良すぎっしょ
うーたん:大きいけど、こんなにぴったりな物が見つかるとは…
おけい:とりあえずさすがに男でも俺がこれ運ぶのは無理なんで
    今日見るのはあきらめてくれ!
うーたん:えー!
おけい:いや俺死んじゃうし
うーたん:知ってるよ
    このテレビが開封される時、二人でまたDVD見ようよ
おけい:いいねー

そして珍しく彼が率先して選んだ、電気街から少し離れたレストランで食事を済ませ
楽しくお喋りをした後、店を出た。
日が沈み夜風が気持ち良い。
二人はほぼ同じ事を考えていた。

うーたん:(これは相当良いシチュエーションな気がする!)
おけい:(これならいけそうな気がする!)

二人とも普段はあまり飲まないお酒を飲み
ノリと気合で決戦の時を探る。
少し歩いてその街のランドマーク的場所に差し掛かり
酔いが少し覚めようとしていた。

うーたん:あのっ

おけい:あのさ

二人の声が重なり、頬を抜ける風は一瞬で顔の熱を奪っていく。

うーたん:え?何々?
おけい:え、いや。あの、えーと

二人とも予想外の出来事だっただけに少し混乱する。
しかし、先手は彼からだった。
彼は今までの人生で見せた事がない根性を振り絞って言う。

おけい:お、俺
    うーたんとずっと一緒に居て凄い楽しくて
うーたん:う、うん
おけい:何か仕事に追われてるだけの日々に潤いっていうか
    余裕みたいな物が持てるようになった!
うーたん:うん

彼女は少し感じていた。
この人も私と同じだったんだと。
そして落ちついて彼の言葉を聴く。

おけい:だ、だから
    今更かよって思うかもしれないけど
うーたん:うん
おけい:もしよければ俺と
    俺とさ
うーたん:うんうん
おけい:付き合ってくれない?
うーたん:…

沈黙が二人を包む。
彼にとってその沈黙は撃沈を感じさせる沈黙だった。
そして彼が耐え切れなく、喋り始めようとしたその時
彼女は言った。

うーたん:うん、よろこんで
おけい:うぇ!?

思いもよらず彼から出たその言葉は
1m先にも届かないような間抜けな声だった。
しかし、彼女にはしっかり届いていた。

うーたん:うん、だからいいよ。
おけい:ま、まじ?
うーたん:うん。んもー、遅いよ!
    私も今日それ確かめようと思ってたから。
おけい:え?えぇ?
うーたん:私はずっと好きだったよ
おけい:お、俺も
うーたん:ぷっ、おけいって結構ータイミング逃すよね?
おけい:そればかりは否定できないな
うーたん:あははは
おけい:はははは

二人の見えなかった何かは
繋いだ手によって、確実な絆として見えるようになった。
繋いだ手は離れる事無く、彼は彼女を家に招きいれた。
そして明かりが消えた部屋で何が起こったかは
枕に顔をうずめて想像する事にしよう。


チュンチュン
二人で迎える朝。
彼女は彼の家で朝食を作り二人で食べる。

おけい:なんか
うーたん:ん?
おけい:なんか幸せ
うーたん:ぷっ、うん。幸せだね。

ゆっくりと二人の幸福な時間が流れていく。
そして筆者はここで死にたくなるのであった。

じ:はっ!何か幸せな気を感じるぅぅぅ!

彼の名前はジャム。
幸せ配達人の彼は遥か遠くで幸せの気配を感じていた。

おけい:ちょっと外出る?
うーたん:うんそだねー

夕方まで外で遊んだ後、それぞれの家に戻った。
おけい:【ということで】
うーたん:【私たち付き合う事になりましたw】

オンライン上の友達に早速報告する二人。

ryster:【うえぇぇぇ!まじで!?】
*jumpe-:【遅いよ君ら】
nunu:【うん目に見えてた結末だよねw】
ryster:【え、知らなかったの俺だけwっうぇうぇwwwww】
*jumpe-:【まぁおめでとさん】
ryster:【おめでとー】
nunu:【よかったね、うーたんおめでと!】
うーたん:【あはは、ありがとうw】
おけい:【ありがとー】

二人の仲を知っていた人、知らない人
そのどちらにも二人の関係は祝福され
素直にうれしく、心が温かくなった。
それから順調に付き合いが進む二人。
付き合い始めて2年が経とうとしていた。
週末は、部屋に置いたら以外に大きかったテレビで
そろってDVDを見るのが日課になっていた。
あのテレビを購入した日、あの場所は二人にとって
想い出の場所であり、特別な場所でもあったため
クリスマスや誕生日、特別な日を迎えるたび
ちょこちょこと足を運んだ。
そして2周年記念のその日、彼はその思い出の場所で彼女に言う。

おけい:思い出すね
うーたん:そうだねぇ
おけい:俺、あの頃と全然気持ち変わってないよ
うーたん:私もこれだけ一緒に居るのに全然。
おけい:それ聞けてよかった
うーたん:え?
おけい:あのさ
うーたん:うん
おけい:俺と結婚して欲しいんだ。
うーたん:え…本当に?
おけい:うん

その頃には二人ともお互いの両親に顔を知られるようになっていたのもあった。
そして彼女も彼のその言葉を待っていた。
付き合うまでの奥手具合を見ていただけに、彼女は数十年を覚悟していたが
以外にも早かったその出来事にびっくりしていた。

うーたん:私もね、おけいとならずっと楽しいって思えると思うんだ
おけい:うん
うーたん:だからね、私もおけいと同じ気持ちだよ おけい:おおおお!
うーたん:こんな私だけどよろしくね
おけい:う、うん!これからがんばるよ!
うーたん:がんばってくれたまえ
おけい:はい!

彼女はあっさりと言った彼にたいして
返事を待つように言うか迷っていた。
しかし彼の真剣な表情を見て、凄く前から覚悟してこの日を向かえたのだと
一瞬で悟ったのであった。
その日から結婚式の日取りが決まるまで、そんなに時間はかからなかった。
二人の両親に挨拶を済ませ、式まで2ヶ月となった。

うーたん:ねぇねぇ、この家具とかって大きすぎるかな?
おけい:あぁ、ちょっと待って仕事詰まってるから後で
うーたん:う、うん…

彼は彼女のためにそれまでより多く仕事を引き受け没頭した。
彼女とコミュニケーションをとる時間を引き換えにしている事実に
今の彼は気づく事が無い。
彼女は一人で映画を見る事が多くなった。
彼の家に半同居している彼女。
彼の帰りは遅く、一人で食事を済ませる。

うーたん:私このまま結婚してもいいのかな…
不意に襲ってくる結婚に対する不安。
パソコンの電源をつけ、友達に相談する。

うーたん:【最近あまり話してないの】
*jumpe-:【うーん、おけいの気持ちも解らんでもないけどな】
nunu:【えー?でも今の時期それは酷いよ】
   【一回本人と直接話して見たら?】
うーたん:【うん…】

その夜、友達に言われたように彼女は彼に
今の気持ちを直接聞いた。

うーたん:ねぇおけい
おけい:んー?

パソコン画面に向かい、仕事をしながら返事をする彼。

うーたん:まだ私の事好き?
おけい:ん、当たり前じゃん。
    うーたんのためにまだまだ仕事するぜ
うーたん:う、うんありがとう
    でもあまり無理しないでいいよ。
    私はおけいと一緒に居られるだけで幸せだから。
おけい:うん、でもこれから二人分だから今はもうちょっとがんばるよ
うーたん:うん…

徐々にすれ違う二人。
少しつつけば崩れてしまいそうなバランスに彼女だけが焦りを感じる。

うーたん:じゃぁ私寝るね。
    あまり無理しないでね
おけい:んー解った

精神的に少し参っていたため
彼女が彼よりも早く眠りについた。
彼女が眠った後も彼は仕事を続ける。

おけい:ふぅー、やっと一段落着いたな。
    必死ぶりに繋ぐかー

そう言うと彼は最近あまり接続していなかったゲームに接続した。
おけい:【おっす】
*jumpe-:【お、久しぶりじゃん】
おけい:【最近忙しくてさ、すまんね】
nunu:【あ、おけい久しぶりー】
ryster:【久しwww】

久々の感覚に彼は懐かしさを感じる。

*jumpe-:【そういえばおけい】
    【うーたん、相当参ってたよ】
おけい:【え?】 nunu:【結婚前なんだからもう少しかまってあげなよ】
おけい:【え、っつっても今がんばらないとさ…】
nunu:【だって最近放置しすぎてない?】
おけい:【ちゃんと話はしてるよ】
*jumpe-:【そういうんじゃ無いんだよ】
    【昔みたいに一緒に遊んだりさー】
おけい:【悪いけどちゃんとやってっから】
    【心配される事なんて何も無い】
*jumpe-:【…】
nunu:【…】
おけい:【悪い、もう今日落ちるわ】

そう言うと彼はゲームからログアウトした。
そしていろいろな事が頭を巡りながら彼も眠りについた。
翌日彼女が目を覚ますと彼は既に出社した後だった。

うーたん:はぁ…今日も遅いんだろうなぁ…

一人で過ごす時間はとても長く感じられる。
二人で楽しく選ぶはずの家具や食器も今は一人で選んでいる。
出るのはため息ばかりになっていた。

うーたん:ご飯作ろっ

二人分の夕飯を用意し、一人分にはサランラップをかける。

うーたん:頂きまーす

彼女がそういったその時、玄関のドアが開いた。

おけい:ただいま
うーたん:え?今日は早いね!

彼女はいつもより数時間早く帰宅した彼に
昨日自分が話した事が伝わったのだと思い 心が喜びに満ち溢れた。

おけい:うん
うーたん:とりあえず今夕飯食べるところだったから一緒に食べよう?
おけい:うん

二人分の夕飯が並べられたテーブルに向かう。
久しぶりに二人そろった夕飯に、彼女は笑顔が隠せずにいた。

うーたん:今日はおけいが好きな物ばっかり用意したよ!
    まだあるから沢山食べても大丈夫
おけい:うん、ありがと
うーたん:ふふ

食べ初めて少し経つと、彼の口が開く。

おけい:あのさ
うーたん:え?何?
おけい:何かいろいろ言いたい事があるんだろうけど
    nunu達に言わないでまず俺に直接言ってくんない?
うーたん:え、だってそれは…

いきなり凍りつく空間。
仕事のストレスがあったのだろう、彼はそのうっぷんのはけ口を
彼女に開いてしまった。

おけい:昨日ログインしたらいきなりその話されたよ。
    何も知らないのに俺が悪いみたいに言われた。
うーたん:ご、ごめんね?
おけい:うーたんも大変だと思うけど、俺も今プロジェクトで
    失敗できないところなんだよ。
    そこんとこ解ってくれてるのかと思ってた。
うーたん:うん…
    でも、どうしようもなく不安で
    どうにも出来なかったから相談したんだよ?
おけい:それに最近*jumpe-と親しそうじゃないか
うーたん:え…?そんな事全然無い!

ドンッ
テーブルに叩き付けられた彼の手は
彼女のその後の言動を抑制した。

おけい:それなら尚更俺に直接言えばいいだろ!
    周りに言う事じゃない!

沈黙が続く。
軽いやきもちとストレスが招いた状況。
目の前で崩れていく二人の関係は、彼女を悲しみと絶望で満たした。

うーたん:ごめん…

彼女はそう言うと家から飛び出した。
彼は追わなかった。
そしてテーブルに叩き付けたその手を強く握り締めた。
彼自身、こんな結末を求めているはずもない。

おけい:くっそ…

それからどれくらい経っただろうか?
部屋に掛けられた時計を見ると深夜1時を回っていた。

おけい:謝らないとな…

彼は携帯を手に取り、彼女に連絡をする。

プルルルルルル
プルルルルルル
ガチャ

おけい:あ、俺だけど…

留守番サービスセンターです。
お客様がおかけになった電話番号は…

何度彼女に連絡しても、電話口から彼女の声が聞こえる事は無かった。

おけい:怒って…るよな

その日は頭に巡る事を1つ1つ片付けながら
眠れるはずが無い夜を迎えた。

チュンチュン
チュンチュン

眠れないまま朝を向かえ彼はいつものように出社する。

おけい:(帰ったら謝ろう)

彼はそう思い、プロジェクトの仕事を少し他の人に分けてもらうよう上司に相談した。
上司は最近のがんばりに面してその要望を受け入れる。
そして、昼食を取っていると彼の携帯が震えた。
おけい:(お、もしかしたら)

彼は彼女からの連絡だと思い、少し期待しながら携帯を取る。
しかしそこには見た事の無い番号が表示されていた。

おけい:もしもし?
?:あ、おけい君?おけい君なのね?
おけい:は、はい?
?:私よ!うーたんの母です!
おけい:あ、どうも
?:あ、あなた早く○○病院に来て!
おけい:え?
?:娘があなたに会いたがってるのよ!

彼は彼女の母親が何を言ってるのかさっぱり解らなかった。
ただ頭によぎる、連絡が取れない事実と病院という言葉
そして今にも泣き出しそうな母親の声が彼を不安にさせ
尋常ではない状況を飲み込ませた。
状況がつかめないまま彼は会社を早退し
指定された病院に走った。

おけい:201…201は…ここだ!

ガラッ

指定された病室のドアを開けると、目の前に広がる光景に絶句した。

母:おけい君…
おけい:え…あ…これ…って…

全身を包帯に巻かれ、酸素を送るチューブが鼻から通されている人物が目の前に居る。

母:昨日の夜、電気街から少し離れたところで事故があってね…
おけい:あ…え…
母:昨日集中治療室に運ばれて…うっ…うわぁぁぁぁ

今まで抑えていた感情の糸が切れ、母親はその場に泣き崩れた。
頭では把握しているはずの状況は
まだ真実を受け入れたくない彼は飲み込めずにいた。
彼は彼女の横に置かれた椅子に腰を掛けると、そのままただボーっと彼女を見つめた。
1時間、2時間、3時間。
日が暮れ、彼女の家族が帰った後も彼女の隣に居続ける彼。
その間、話掛けられた声は彼に届く事が無かった。
彼女が最後に意識を取り戻したのが今朝の話。
それから一度も彼女は目を覚ましていない。
自分のせいで起こった現実に彼は自分を責め、悔やんだ。

おけい:ごめん…本当にごめん…

食事をするのも忘れ、彼は彼女の手を握り
意識が戻るのを待った。
表示される心拍数が不安定な波を表す。
その不安定さが担当医の言葉をうっすらと思い出させる。

医:山は…近いかもしれません…

その言葉が頭に浮かんだ瞬間
ハッと我に返り、振り払うかのように手をぎゅっと握った。
すると、握った手が握り返される感触が手に伝わる。

おけい:!!!!
    うーたん!?うーたん!?

彼は必死に声を掛ける。

おけい:お、俺!俺!

うまく思考が回らない。
彼は思いつく言葉をひたすら彼女に叫び続けた。

うーたん:ん…んん…
おけい:うーたん!
うーたん:あ…
    お…おけ…い…

擦れた彼女の声は、今にも消えそうだった。
しかし一言一言はっきりと彼女は話す。

うーたん:あ…のね…
    私…ま…たあそこに…い…けば
    はぁ…はぁ…
おけい:まだ喋っちゃだめだ!
    今は休んでて良いから!

彼女は苦痛に耐えながらにっこりと彼に笑いかけ、話を続ける。

うーたん:あの…頃をね…
    思い…出してくれるって…
    思った…んだ…
おけい:うんうん、解ってるよ!
    俺が悪かったんだ。全部俺が!
    一人でこの先支えなくちゃ行けないって思って
    仕事沢山増やしたけど、うーたんと一緒に居られる事が
    俺にとって一番大切で幸せな時間だって思い出したんだ!
    ごめん、本当にごめん。遅すぎた…うっうわぁぁぁぁ
うーたん:うん…うん…
    お…けいの…いい所…
    私いっ…ぱいね…ゴホッゴホッ…
    知ってるから…
おけい:うっ…うぅ…ありがとう…
    これからうーたんが退院したら
    もっと楽しい事いっぱいするから!
    一緒に居られる時間増やすから!
    だから早く良くなってくれよおおおお!

彼の叫びは廊下にも響き渡った。

うーたん:ちょっと…ね…
    寂しかった…だけ…だから…
    ご…めん…ね?
おけい:いや、全部俺が悪かったんだよ!

彼女は優しく彼の頭を撫でた。

うーたん:わ…たし…
    次…生まれても…ゲホッ
    あなた…と…出会い…たいな…
おけい:縁起でも無い事いうなよばか!
    ノリでもしゃれになってねーぞ!
うーたん:うぅん…
    もう・・いいの…
    自分の…事…ゲホッ…
    解ってるから…
おけい:ばかやろう!
    まだこれからじゃねーか!
    絶対この後楽しい事あるからそんな事言うなよ!!
うーたん:あ…なたは…先…に進んで…
    悔しいけど…ゲホッ…
    私は…もう…
おけい:おい!ゆるさねーぞ!
    まだ俺今回の償いしてねーぞ!
    おい!おい!
うーたん:ありがとう、おけい。

彼女の手から力が抜けていく。
最後に言った彼女の言葉ははっきりと力強く彼に届いた。

ピーーーーーーー

不安定でも心拍数を表していた波が今は
横に一本表示されていた。

おけい:あ…あぁ…
    うわああああああああああ!

病院中に響き渡る彼の悲痛な叫びは
ナースコールよりも確実に、うーたんが眠る病室へ看護婦の足を運ばせた。
それから彼女の家族へと連絡が行き、全員が彼女の死亡を確認する。
目の前で失われた命は、彼に重い現実を背負わせる事になる。
仕事を辞め、何をするわけでもなく家に引きこもる。
食事も殆ど取らない。
彼はこのままなるようになって死んでしまっても良いと思っていた。
唯一心の支えとして、心配して見に来る彼女の母親に諭され
彼は何とか自我を保っている状態だった。
母:娘はあなたのこんな姿を望んでいないと思うわよ?
おけい:…
母:あなたにはまだこの先の将来がある。
    だからこの現実を乗り越えて娘が喜ぶあなたの姿を
    もう一度私も見てみたいの。
おけい:…
母:また来るけど、ちゃんと食事は取りなさいね?

彼女のが望む姿。
今の彼にはそれを想像する事が出来ない。
自分のせいで、自分があんな事をいなければ。
彼の心に空いた穴には今、後悔と自分を責める気持ちがひしめいている。
それは彼女の死亡から半年経ってもあまり変わる事は無かった。
しかし、そんな彼を見つめる人物が居た。

うーたん:おけい…
    もー!そんなんじゃだめでしょう!
    私が苦しんであなたに伝えた意味ないじゃないの!

しかし彼女の声は彼に届く事は無い。

うーたん:うーん、私なんでまだここに居られるんだろう?
    背後霊って奴かな?

死んでしまった悲しさよりも、彼の絶望する姿に彼女は心を痛めた。

?:まぁ現実とこっちの世界を繋ぐ強い意志って奴っすかね?
うーたん:へ?

彼女は後ろを振り向く。

うーたん:あなたは誰?
?:申し送れました。
    私は幸せ配達人のジャムと申します。

うーたん:へ?
じ:超端折って言うとかわいい天使ちゃーん♪て感じっすかねぇ?
うーたん:…
じ:あ、すいません。
    そういうノリじゃなかったっすよね。
うーたん:で、その天使さんが一体私に何の用?
じ:えっとっすね、現実とこっちの世界が
    強い意志で繋がれている場合
    その繋がりの強さによって特別処置がとられる場合があるんす
うーたん:っていうと?
じ:天国にもいろいろあってっすね
    第一段階から第十段階まであって
    第十段階はめっちゃいいとこみたいな感じっす。
うーたん:へぇー
    それで、そのめっちゃいいとこに行くにはどうすれば?
じ:彼がこっちの世界に来ないこと。
うーたん:へ…?
じ:最愛の人を亡くした人の多くは
    自ら命を絶ったり、生きる希望をなくして
    そのまま立ち直れない廃人になってしまう人が多いんす。
うーたん:う、うん
じ:そこで、現実とこの世の強い意志
    この場合おけいさんとあなたの絆が
    どれだけ深いものか試されるって事っす。
うーたん:なるほど…
じ:愛する人が亡くなって自分も死んでしまうなど言語道断!
    愛する人がそんな事を望むわけがないでしょう?
うーたん:うん、私はそんなおけいを見たいなんて思わない。
じ:はい、今の発言で契約されました。

そういうとジャムは書類に記された彼女の名前を見せる。

うーたん:はめた?
じ:若干。
    でも答えは一緒だったでしょう?
うーたん:まぁね
じ:じゃぁ問題ないっす。
    期間は5年。
うーたん:長っ!
じ:いやいや、それくらいの時間じゃないと
    人間の判断は厳しいっすよ。
うーたん:うーん、でも大丈夫!
    おけいはそんな事しないもん!
じ:そのいきっすよー

そういうとジャムは彼女の前から姿を消した。
それから聞こえなくとも彼女が彼にひたすら話しかける日々が続く。

おけい:…
うーたん:もー、ばか!
    なんで現実を見ようとしないの!
    あなたはこんなところで立ち止まってしまう人じゃないのに!

虚しく中に消える言葉を気にせず彼女は必死に彼に言い続けた。
そんな日々が続き、見えない彼女と彼は
彼が彼女に告白したあの記念日を迎えた。

おけい:…?

彼が何気なく携帯に目を向ける。
日付は記念日を表示している。
今まで忘れていた彼女との思い出が
彼の脳裏を巡る。

おけい:そうだ…

彼は静かに歩き出す。
1歩1歩確実に、二人の思い出の場所へと向かって。
うーたん:そう!そうだよ!
    あそこに行ったらもう全てを振り切って前に進むの!

彼女はこれまでに無く胸が高ぶり応援を続けた。
彼はそれの言葉に惹かれるようにゆっくり進む。
結局二人の記念の場所にたどり着くと夜になっていた。
そこで生前彼女と交わした言葉や彼女の笑顔を思い出す。
どうしようもなく押し寄せる感情の波が彼を押しつぶそうとする。

おけい:うっ…うぇ…うわぁぁぁん

周りには誰も居ない。
男泣きには恥ずかしすぎる泣き声を当たりに散らした。

おけい:ごめん…本当にごめんうわぁぁぁん
    もうだめなんだ、あの日から俺の時間は止まってしまったんだ!
    うっ…ごめん…うーたん…

彼は泣き崩れ、道の一点を見つめると
ポケットから小型のナイフを手に取った。

うーたん:ちょ、ちょちょちょちょちょちょ!
    ちょっと!ジャム!ジャムは居ないの!?

彼女が慌ててジャムを呼ぶ。

じ:へいへい
    お久しぶりっすね。
うーたん:そんな事どうでもいいからおけいを止めて!
じ:えー、そんな事したら試験にならないじゃないっすか
うーたん:ばか、試験なんてどうでもいいのよ!
    私のせいで無くなろうとしている命をほっとけるわけ無いじゃない!
じ:この状況を打破するのはいいっすけど
    あなたは天国どころか地獄へ堕ちるっすよ?
    本来、こっちの世界からあっちの世界に手出す事は
    禁則次項なんすから、それの対価と思ってもらっても結構っす。
うーたん:あんたね、そんな事考えてるならあんたを呼ばないわよ!
    私はおけいに死んで欲しくないの!
    あんたには解らないでしょうけど理屈じゃないのよ!
じ:へぇー、んじゃしょうがないっすね

そう言うとジャムは彼女の名前が記された契約書を破り捨てた。

じ:合格っす
うーたん:へ?
じ:本来大体の人は自分が地獄に堕ちたくないと思って
    迷ったり、助ける事を辞めるっす。
    でもあなたにはそれが微塵も感じられない。
    自分を犠牲にして相手を考えるほどの絆。
    この試験はそこを試すためにあるんす。
    まぁ、大体はそのまま天国に行ってしまうっすけどね。
うーたん:え?じゃぁ助かるのね!?
じ:えぇ。
    あなたたち見てると僕も応援したくなりやした。
    今回は僕の独断で特別中の特別処置をしたりますわ。
うーたん:うんうん!助かるなら何でも!
じ:それじゃぁこれからあなたを現実の世界に戻します。
うーたん:え?うそ!?
    それって生き返れるって事?
じ:へぇ。
    ただし、あなたが今まで生きてきた記憶は
    あなたを知る全ての人から無くなり、関わってきた全ての物がなくなりやす。
うーたん:うん、それでも私は助けたいの
じ:あ、あと人間に生まれ変われるわけじゃないっす。
    あなたが生前に思い入れがあった命がない「物」にあなたの魂を宿しやす。
うーたん:え…それじゃ喋れないし意味ないんじゃない?
じ:いえいえ、ちゃんと喋れます。
    まぁ詳しい事は現世に戻ったら解りますよ。
    って、そろそろ彼が危ないので行った方がいいのでは?
うーたん:あ、早く!もうかなり目がやばいじゃない!
じ:あいさ
    そうそう、あなたの記憶はそのまま残りますが
    この事実を現世に居るどの人物に言ってはだめです。
    その瞬間あなたの魂はそれこそ本当に地獄へと堕ちてしまいます。
うーたん:うん、解った。
じ:ただ、記憶が無くなった彼と
    再びあなたが結ばれるような事があれば
    その時はまた僕が粋な計らいをしやすよ。
    期限は変わらず5年。もう数年経ってるんで後3年くらいすね。
    あと3年経ったらあなたに前兆が来るとおもいやす。
    その間に結ばれなければあなたは普通に天国いきっすー!
うーたん:最初は変な奴って思ってたけど実はいい奴ねジャム。
じ:幸せ配達人っすからね。
うーたん:うん、ありがとう。
じ:さて時間っす。
    あなたの生前思い入れがある物はなんすか?
うーたん:もちろんテレビね。
じ:わかりやした。
    それではいきやす!
うーたん:うん!
    なんで私にこんな親切にしてくれるのか解らないけどありがとう!
じ:だって願ったじゃないっすか星の見える丘で。
うーたん:へ?
じ:おけいと幸せになりたいって。
    僕は託された願いを叶えたいだけっす
うーたん:え…じゃぁジャムって神…

そういうと光に包まれた彼女はジャムの前から消えた。

じ:あ、やべっす
    テレビって液晶の方だったか…
    ま、これくらいの間違いは許してもらわないと困るっすね。
    何にせよがんばるんすよー

彼女が意識というものを再び持ち、目を覚ます。

テレビ:あれ?あれぇぇぇ?

自分の姿を見て彼女が叫ぶ。

テレビ:ちょっとジャム!このテレビじゃないわよ!
        んもぅ!

どこかでジャムが笑う声が聞こえたような気がした。
おけいの部屋にポツンと置かれたテレビ。
そのテレビから彼女の第二の人生が始まる。

テレビ:さーて、どうやってこの状況を説明しようかな
        あなたが忘れてても私が思い出させてやるんだから!

彼女の強い意志は変わらない。
これから待ち受ける辛い運命を全て乗り越えるために
二人は再び出会い、同じ時を過ごし始める。

ガチャッ

おけい:なんで俺あんなところにいたんだっけ
テレビ:おかえり!
おけい:えっ、えぇ!?
    テレビが喋ったあああああああああ!
テレビ:世の中にはあなたの知らない事なんてたーくさんあるんだから!
        良いから私の話に付き合いなさい!



彼に振ってきた突然の出会い。
それから数年後、この二人に何が起こったかはここでは秘密!

「おけいさんのテレビ」へ続く