"客観性"という言葉は、周りの人たちがおかしいのであるならば、たとえその事情が正常でも、客観性とは言えなくなってしまう。

 最近「なんとかハラスメント」っていう言葉が異様にうるさい。というより、そもそもなんでもかんでも●●ハラと言って、簡単に言葉を使う人が男女ともにおかしいと常々思う今日この頃である。たとえ冗談でもその言葉を使ってはいけないと常に思っているので、"死ね"という言葉と同じ部類の言葉である。
 なぜならば今の法律上、男性が女性をちょっと肩を触っただけでセクハラと叫べば、周りの人が見ていない限り99%裁判で勝てることはありません。だからこそ「死ね」と同じ言葉のように、慎重に扱わないといけない言葉だと思うし、許容範囲のない人も距離感を間違ってそういった話をしているのも、もうだめ。最近あまりにも「●●ハラ」の話題をする人たちに、もはや客観性というものが正常に判断できない。

 なぜ女性従業員が男性浴場を掃除しても何も起こらないのに、男性従業員が女性浴場を掃除したら大問題になるのか。そもそもそれがセクハラであり、そういった考えを撲殺している世の中がおかしい。テレビでもなんでもかんでも規制規制とかなってるんで、"それに伴って"どんどん犯罪件数が増えている。なぜ女性車両を作るときに今ある車両をつぶして、女性専用車両になるのか。"車両を増やせば"まだwin-winになるのに、なぜなのか。

 まぁ自分がされたりしたりした訳じゃないんだけど、また、なんか当方の周りが騒がしいので、ちょっと思った今日この頃でした。