ここ最近自殺する人が増えてるけど、「気を惹きたいだけだろ」、「他人に迷惑をかけるからやめろ」だとか声が聞こえてくる。 責任感が強く家族に迷惑を掛けられないということで、務所に入る人は、「交通事故に故意に遭ったように」見せ、自殺する。
日本では執行猶予や重要参考人(普通、捕状が出る時はこう呼ぶ。)として任意聴衆する前などの期間で、事故に見せかける。こうすることによって、家族などを配慮する・・・との報道制度みたいなのがある。 インターネットが発達した今となってはあまり意味が無いかもしれないけど、そうすることによりある程度メディア情報は制限される。 しかしこのやり方だと、相手のドライバーに迷惑が掛かる。人を一人殺すと一人に付き、大体1億円掛かるし、民事を含めても相当な金額になる。 今流行の何かを部屋に充満させるやり方だって異臭が酷いし、下手したら他人を巻き込む。
そこで、もっと機能的かつ社会的なことがある。それは
「 人 の 為 に ”な る” こ と 。 」
・線路で自殺しそうな人を助け、電車が来る前に線路外へ押し出し自分は、線路内。
・拳銃などを向けられた誰かの前に飛び出し、庇う。
・屋上から飛び降り”た”人の下敷きになって、頭打ってもクッション代わりに。
こういうのは・・・遺族の方も誇りに思うし、社会的にもその人が元々死ぬ運命だったなら、生きる勇気を与える可能性は0%ではないし、報道されても何か特別な勇気を視聴者に与える事が出来るんじゃないかな。
この考えが日本人の頭に出てこない理由。
それは、みんながみんな「曖昧」だから。
欠点は偶発的ということ。しかし、「確立」というのは人間がコントロールすることが出来る。よく事故が起こる線路のところで1日中構えているとかね。
