シミュレーションラブ

ニートはニートの悩みがあることを知らない一般人は、幸せだね。

ツンデレうーたん●が、ニートで毎日が幸せそうでうらやましいけれども。

 最近、今この生活を続けていいのかどうかがわからなくなってきた。

 ・・・ということを書くと何か事件があった時にこのブログの記事がネタにされて「予兆はあった。それはブログにこんな記述がある」とネタにされてしまうのである。
 じゃあマスコミが嫌いな話題、人権擁護法案だとか、島田紳助がなぜマネージャーに殴られたのかその「理由」とか文章中にぞろぞろ混ぜて、特集出来ないようにしようとか考えてもやっぱり、この世の中の仕組みがおかしいのであって自分はあまりしったこっちゃないと知らんふりを決め込むのである。

 お金がない時の時期の方がなぜか幸せと感じた。

 今までは「お金がないお金がない」と言っても、最低限の手持ちはあった。
 現在でもお金がないが、前のように本当にお金が全然ない訳ではなく普通に食べていけるおお金があるのである。しかし、ゆとり度で言うと泥沼の差があるので、こんなにゆとりがない(時間がない)中で何年も何年も胃(正確には十二指腸だけれども)を痛めながら動いていていいのかという疑問を持ったからである。

 というか、この疑問は半年前から考えていた。

 当方は数多くの小説類を読んでいるが、「天国までの百マイル」で印象的なセリフがあった。本当の元ネタではないが、やけに印象に残っている。

 「お金がある時には暇がない。暇がある時にはお金がないってね。」

 この言葉に当てはめてみてもと言う方はお金も暇もないんだけれども、どうもこれはこれって気がしてならない。どういったことかというと、実は自分のやりたいことを実現している友達や、有名人と食事に行った時、あるいは、お気に入りのライトノベルを読んでいる時に特に感じることがある。

 「そんなフラグやイベントだらけの人生っていいなぁ。」

 と。ようするに、何も大きなことをせず黙々と仕事をしている毎日がなぜか嫌なのである。いや、仕事自体が嫌な訳じゃない。正確には何か考える暇がない(自由な時間が少ない)のが嫌なのである。現状日本のフルタイム勤務時間は実質8時間である。こんな長い時間を過ごしているとどうしても残り時間で何か特別な夢や趣味など打ち込める暇もない。ましてや、平日疲れた時間を癒すために休日はまったりしようとしてもそんな数日だけじゃ疲れはとれない。

 「バーチャルなイメージがあるもん」

 某ブログからネット交流(この言葉が正しいのかいまだにわからないけれども)していた人から、そんなこと言われたんですが、正直自分はそんなイメージがあるのかも知れない。
 「ちょwwおまwww、最近性格変わってね?ストレスで死にそうじゃね?」とも別の人から言われた。
 どうも最近自分の意志とは関係なく、伝えたい言葉があまり相手に伝わらないことが多く、さらに言えば、一昔前と違って休憩しても疲れが取れないし、先輩に最近毎日電話してるような生活になっている。
 ライフハックな状況を作れてないんじゃない?とか言われてるけど、実際はそうじゃない。もっと本質的な意味で言えば、あの時自分が友人と遊んでさえいればもっと違う未来があったんじゃないかなだとか、なんとなく人生のあみだくじを考える次第である…。
 と同時に自分はあまり動かないタイプである。そりゃあ緊急事態になったら動かざるを得ないだろうけれども、まあ何が言いたいかと言えば何かしら毎日が疲れている気がする。
 心の隙間・・・狭間でカタルシスを楽しむゲームとして巷で有名なシュタインズゲートを最近は、プレイしているのだけれども、伏線が収束すると言うより、ツンデレヒロインもいろいろやばくてお勧め。このゲームをするたびに、自分の人生もこんな伏線だらけだったのかなと思い返すのはもう老後のオジサン的な考えなのだろうか。そしてそれらのイベントを全てうらやましく思うのは、今が不幸せなのだからそう思うのだろうか。

Posted by iamweak - 2010年01月11日 22:04 | トラックバック (0)

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