この季節になるとどうしても思い出すことがある。毎年毎年だ。それは、リズミィで実際に遭った悲しい出来事の一つであり、どうしても今でも納得がいかなくて、悲しい想いにさらされています。
人間、死ぬ確率はいつでも100%です。他人に振り回されないで、自分の気持ちに正直な本当の”自分”の気持ち。その感情はいつも抑えられている私たちは、ある時、一人で何処かに旅立ってしまうのです。
私たちは、やれることがありました。けれども、やれることに挫折する人がいました。あるいは、挫折せざるを得ない人がいました。周りにそういった悲しい人がいるからってのほほんと普段客観的に見ていない人は何をやっても許されると思われがちです。
物事には全て理由がある。だから、裏の事情まで読めない人はそれがなんだかわからないまま批判をするし、思い込みが激しい人は、そうなんだーと意味不明のままさらに第3者へ言葉が伝達される。
そんな悪循環は許せない。
かつてラジオ放送をしていたKさんは言いました。
「本質ってこえーよ。人間、表裏あるに決まっている。法律で人権保護のことが言われるようになって所定のところに就職しようとしたら会社側は裏で金を使って「成り(就職しようとしている人)」を調べる。それと同じで、裏でとんでもない話ことを誰もがしてるんだ。」
この記事に一般の人が見ても深い意味なんてない。しかし、見る人が見れば凄い意味が隠されていることに気が付く。だってそうでしょ!
「意味がないことに見せる」のに、意味があるんだ。
所詮、最近の人はそんな本質さえも気がつかない人が多いんだけれども。
